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神戸地方裁判所 平成2年(ワ)653号 判決

原告

岡田聖司

被告

村上重治

主文

一  被告は、原告に対し、金八八万八五九〇円及びこれに対する平成元年八月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その一を被告の各負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金一八六万九一四二円及びこれに対する平成元年八月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、普通乗用自動車と衝突した軽二輪車の運転者が、右衝突により負傷し右軽二輪車が破損したとして、右普通乗用自動車の運行供用者兼運転者に対し自賠法三条及び民法七〇九条に基づき、損害の賠償を請求した事件である。

一  争のない事実

1  別紙事故目録記載の交通事故(以下、本件事故という。)の発生。

2  被告が本件事故当時被告車の運行供用者であつた事実。

3  原告が本件事故により受傷した事実。

4  原告が次の期間入通院した事実。

治療病院 六甲病院

平成元年八月二日から同年九月一八日まで及び同年九月二七日から同年一〇月一四日まで通院。(実治療日数一六日)平成元年九月一九日から同月二六日まで八日間入院。

5  過失相殺の成否に関する事実中次の事実。

本件交差点の内原告車が進行した道路(以下、原告車側道路という。)が道交法三六条二項所定の優先道路に該当しないこと、法文上原告の徐行義務が免除されるものでないこと、原告車側道路が右交差点の内被告車が進行した道路(以下、被告車側道路という。)に比して広路であること、被告車側道路の右交差点手前に一時停止の標識が設置されていること。

二  争点

1  被告の過失の成否

2  原告の本件受傷の具体的内容。

3  原告主張の入通院と本件事故との間の相当因果関係の存否

4  原告の本件損害の具体的内容及びその金額(弁護士費用を含む)。

5  過失相殺の主張

(一) 被告の主張

本件事故の発生には、原告の徐行義務違反の過失も寄与している。

(二) 原告の主張

原告車側道路から本件交差点の見通しは良く、被告車側道路の状況についても、右道路に設置された一時停止の標識は見えないにしても、横断歩道から前方は十分に見通せる。

原告は、本件事故直前、右交差点の北側入口から北方約六・六メートルの地点に至つた時、自車のやや左前方約一二・六メートルの地点の右交差点内で停止している被告車を認め原告車を進行させた。

このような具体的道路状況下において、原告に対し原告車の徐行を期待することはできず、原告は、被告車の右停止を確認したうえ、クラクシヨンを鳴らし、センターライン寄りを時速二五キロメートルという低速度で進行した。

したがつて、原告の本件事故直前における原告車の運転方法は適正であり、同人には、本件事故発生に対する過失がない。

第三争点に対する判断

一  被告の本件過失の成否

1  本件事故現場である交差点の客観的状況は、後記五で認定するとおりである。

2  証拠(乙一、被告本人。)によれば、被告は、本件事故直前、自車進行道路の右交差点東側入口附近に設置された一時停止の標識にしたがつて一時停止したものの、その後、自車進路の左右を十分確認することなく自車を発進させ、自車が右交差点内中央附近に至つた時、本件事故を惹起したことが認められる。

3  右認定事実に基づけば、本件事故は、被告の自車前方確認、安全運転各義務違反の過失により惹起されたというべきである。

二  原告の本件受傷の具体的内容

証拠(甲四、五、原告本人。)によれば、原告は、本件事故直後、六甲病院において、右膝、右肘打撲擦過傷・腰部捻挫の診断を受けたことが認められる。

なお、原告は、本件事故による受傷として、右認定傷病の外腰椎椎間板ヘルニアの疑をも主張するが、この点については、後記認定のとおりである。

三  原告主張の入通院と本件事故との間の相当因果関係の存否

1  原告の本件事故による受傷の具体的内容は、前記認定のとおりであり、原告主張の入通院期間は、前記のとおり当事者間に争いがない。

2(一)  証拠(甲四、五、原告本人。)によれば、原告の右入通院全期間における治療が、原告主張のとおり本件事故と相当因果関係に立つかの如くである。

(二)(1)  しかしながら、右証拠(甲四)自体によつても、腰椎椎間板ヘルニアについてはその疑にとどまり、確定的診断名となつていないこと、その治療開始が平成元年九月一三日であること(本件事故日が平成元年八月二日であることは、前記のとおり当事者間に争いがない。)、が認められるし、加えて、証拠(乙二、原告、被告各本人)によれば、腰椎椎間板ヘルニアは、椎間板の変性を基盤とし外力を誘因として発症するが、重量物を持ち上げる、急に腰を捻る、あるいは単に腰椎を前屈させるという動作だけでも十分な誘因となり、椎間板老化の進展と労働量の相対的な関係から、働き盛りの青壮年期の男子に最も多発すること、一回的外力により椎間板に損傷が生じた場合にはその瞬間から激痛を生ずるが、椎間板変性を基盤とし外力を誘因として生ずる腰椎椎間板ヘルニアの場合には、必ずしも外力の直後に腰痛を生ずるとは限らないが、一週間以上も経つてから腰痛を生ずるようなことは通常考え難いこと、原告には、本件事故前腰痛がなかつたこと、被告は平成元年八月末頃、原告の父親から本件事故の損害につき以後同人において被告と交渉する旨の連絡を受けたこと、しかしその時、原告の腰痛についての話が出ていないこと、被告は、同年九月中旬頃になつて、右父親から初めて、原告の腰痛の話を聞いたこと、被告はそれまで約四回原告と病院で会つていたが、その間、原告から腰痛の話を聞いたことがなかつたことが認められる。

なお、原告が本件事故当時引越の長期アルバイトに従事していたことは、後記認定のとおりである。

(2) 右認定各事実を総合すると、原告の平成元年九月一三日以降に生じた症状(腰痛)は、腰椎椎間板の老化による変性を基盤とし外力が誘因となつて発症したものと推認されるが、その発症時期が本件事故より一か月以上も後であることに鑑みると、原告主張の腰椎椎間板ヘルニアの疑と本件事故との間の相当因果関係の存在については、未だ確信をもつてこれを肯認するに至らない。

したがつて、原告主張の前記入通院期間中の治療の内腰椎椎間板ヘルニアの疑に対する治療も又、これと右事故との間の相当因果関係の存在を肯認するに至らない。

3  右認定説示に基づくと、原告主張の入通院期間中少くとも腰椎椎間板ヘルニアの疑による入院期間八日の治療は、本件事故との間の相当因果関係の存在を肯認できない故、同人の本件損害算定の前提となる本件受傷に対する治療及びその治療期間から除外されるべきである。

結局、本件事故と相当因果関係に立つ原告の本件受傷治療及びその期間は、原告主張の通院期間(実治療日数一六日)ということになる。

四  原告の本件損害の具体的内容とその金額

1  治療費 金一五万一六六〇円

(一) 証拠(甲五)によれば、原告の本件全治療費は金三九万三〇〇〇円であることが認められる。

(二)(1) しかしながら、原告の本件治療の内腰椎椎間板ヘルニアの疑に対する治療が本件事故と相当因果関係に立つとは認め得ないことは、前記認定のとおりであるから、右全治療費の内右腰椎椎間板ヘルニアの疑に対する治療費も又、本件事故と相当因果関係に立つ損害(以下、本件損害という。)とは認め得ず、右治療費は、右全治療費中から除外されるべきである。

(2) 右除外治療費は、証拠(甲五)により、入院料金一八万九七二〇円(九四八六点。一点単価金二〇円。一点単価は、以下同じ。)、運動療法分金二万一二〇〇円(一〇六〇点)、腰椎ミエログラフイー造影剤使用撮影費金三万〇四二〇円(一五二一点)、合計金二四万一三四〇円となる。

(3) 右認定説示に基づき、本件損害としての治療費は、金一五万一六六〇円となる。

2  入院雑費

原告の本件入院治療が本件事故と相当因果関係に立つとは認め得ないことは、前記認定のとおりである。

したがつて、原告主張の入院雑費も又、本件損害とは認め得ない。

3  休業損害 金三〇万九〇七八円

(一)(1) 証拠(甲二、三、原告本人。)によれば、原告は、本件事故当時、神戸市灘区都通五丁目所在有限会社廣垣急送において長期アルバイトとして引越業務に従事し、同時に、同市同区六甲町二丁目所在神戸石油株式会社(ガソリンスタンド)にも夜間長期アルバイトとして勤務していたこと、同人は、当時、右アルバイトの収入として一日平均金四六八三円の収入を得ていたことが認められる。

(2) 原告は、本件事故日の平成元年八月二日から同年一〇月一四日までの七四日間本件受傷のため休業せざるを得なかつた旨主張し、証拠(原告本人)によれば、右主張事実が認められる。

しかしながら、原告の右主張期間中同人の入院期間については前記認定のとおりであるから、少くとも右入院期間八日の休業は、本件事故と相当因果関係に立つとは認め得ず、右八日は、本件休業期間から除外されるべきである。

したがつて、原告の本件損害としての休業損害算定の基礎とすべき休業期間は、通院期間の六六日間となる。

(3) 右認定各事実に基づき、原告の本件休業損害を算定すると、金三〇万九〇七八円となる。

4  慰謝料 金一五万円

前記認定の本件全事実関係に基づくと、原告の本件慰謝料は金一五万円と認めるのが相当である。

5  車輌損害 金四〇万円

(一) 証拠(甲六、七、原告本人。)によれば、原告車(八八年型・ホンダNSR・二五〇R・MC一八)は、本件事故により破損したが、その修理見積り額が金五四万〇四六五円であること、原告は、原告車の修理を欲しているが、修理費の点で被告がこれに応じていないこと、右車輌の右事故当時の交換価格が金四〇万円であることが認められる。

(二) 右認定各事実に基づくと、本件車輌損害(修理費相当)は、金四〇万円と認めるのが相当である。

6  原告の本件損害の合計額 金一〇一万〇七三八円

五  過失相殺の成否

1  本件交差点の内原告車側道路が道交法三六条二項所定の優先道路に該当しないこと、法文上原告の徐行義務が免除されるものでないこと、原告車側道路が被告車側道路に比して広路であること、被告車側道路の右交差点手前に一時停止の標識が設定されていることは、前記のとおり当事者間に争いがない。

2(一)  証拠(検甲一ないし一三、乙一、原告、被告各本人。)によれば、次の各事実が認められる。

(1) 本件交差点は、原告車側道路と被告車側道路とが交差する十字型交差点であるが、原告車側道路、被告車側道路とも平坦なアスフアルト舗装路であり、右交差点入口手前における左右方向への見通しは、いずれも不良である。

右交差点は、市街地に位置し、交通量は普通である。

右交差点附近の最高速度は時速四〇キロメートルで、被告車側道路は、西行き一方通行である。

(2) 原告は、本件事故直前、原告車を時速約二五キロメートルの速度で走行させ、本件交差点北側入口附近に至つたが、右速度を減じることなく、右交差点を通過しようとした。ところが、原告が、右入口の北方約六・六メートル附近の地点に至つた時、自車のやや左前方約一二・六メートルの地点の右交差点内を進行して来る被告車を発見し、急ブレーキをかけハンドルを少し右に切つたが間に合わず、自車の前輪を被告車の右前輪附近に衝突させた。

なお、原告車、被告車の本件事故による損傷は、次のとおりである。

原告車 前輪フオーク、ハンドルの曲損。(前輪フオークが車体の方へくつついていた。)

被告車 右前輪ホイルに擦過痕及び白色塗料の附着。

3(一)  右認定各事実を総合すると、本件事故には、原告の徐行義務違反の過失も寄与しているというべく、同人の右過失は、同人の本件損害額を算定するに当たり斟酌するのが相当である。

因に、見通しのきかない交差点においては、広路通行車といえども徐行義務は免れないし、交差道路に一時停止の標識がある場合であつても、そのことだけで徐行義務は免除されないと解するのが相当である。(前者につき、最高裁昭和六三年四月二八日第二小法廷決定判例時報一二七七号一六四頁、後者につき、最高裁昭和四三年七月一六日第三小法廷判決刑集二二巻七号八一三頁参照。)

(二)  しかして、原告の右過失の割合は、被告の前記過失と対比して、二〇パーセントと認めるのが相当である。

そこで、原告の前記認定にかかる本件損害合計額金一〇一万〇七三八円を右過失割合で所謂過失相殺すると、その後において、原告が被告に請求し得る右損害額は、金八〇万八五九〇円(円未満四捨五入。)となる。

六  弁護士費用 金八万円

前記認定の本件全事実関係に基づき、本件損害としての弁護士費用は金八万円と認めるのが相当である。

(裁判官 鳥飼英助)

事故目録

一 日時 平成元年八月二日午前八時一五分頃

二 場所 神戸市灘区篠原南町一丁目六番二九号先信号機の設置されていない交差点内

三 加害(被告)車 被告運転の普通乗用自動車

四 被害(原告)車 原告運転の軽二輪車

五 事故の態様 原告車が本件交差点の南北道路を北方から南方へ向け進行し、本件事故直前、右交差点内を通過しようとしたところ、折から、被告車が、右交差点の東西道路を東方から西方へ向け進行して来て、右交差点東側入口手前の一時停止の標識にしたがつて一時停止した後発進し、右事故直前、右交差点内に進入した。

その結果、原告車と被告車が、右交差点内において、衝突した。

以上

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